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第3話 見習い魔女と不埒な手

Auteur: 173号機
last update Date de publication: 2025-03-16 22:59:35

 忙しい。目が回る忙しさとはまさにこのこと。私は次々と押し寄せるお客様のお相手に死に物狂い働いている。

 「も、申し訳ありません」

 遅いと言われても……でもちょっと待って。お願い、今やってるから、考えてるから、計算してるから!

 既に頭は焼ききれそうなのに、こんなので最後までもつのだろうか。うぅ、計算が得意とか言うんじゃなかった。

 ――遡ること一時間――

 私たちは旧水底駅に着いたはいいけれど、思ったとおりびしょ濡れになってしまった。居心地が悪くなったのだろう、シラーが胸から飛び出して肩に戻る。

 見た感じ、田舎にある普通のJRR駅と同じ作りをした旧水底駅。違和感といえばお客の数が多すぎることと、そのお客が人間ではないこと。

「しっかし、轢かれても文句言えないわねあれ」

 線路にまで広がっているお客の波に呑み込まれないよう、ぐるっと大回りして駅の裏にある関係者用出入口へ向かう。

 入る前に軽く髪の毛を絞る。するとベリーもずぶ濡れを嫌って全身を捻り自らを脱水し始めた。そんなもんだから、捻りに巻き決まれた私の二の腕部分がつねられたようになってしまった。

 ぶん殴ろうかと思ったけど、ドアの向こうに気配を感じて止めておいた。

「早かったですね」

 ドアから出てきたのはJRRの制服を着たお兄さんだった。

 どうしたことだろう、私たち以上にずぶ濡れで、シャツが透け透けだ。

 気にはなるけどまずは笑顔と挨拶。外国でパン屋を間借りしてお届け物屋をしている、かの先輩魔女も言っていたではないか。『笑顔よ、第一印象を良くしなきゃ』と。

「この度は見習い魔女にもかかわらず――」

「ああ、そういうのはいいです竜胆さん。僕は駅長の上原です。取りあえず中へ」

 はぅぅ。まさかの大撃沈だわ。先輩のような警察沙汰の大失敗はしなかったけれど、まあまあイケメンのお兄さんに冷たくされて私の自尊心はズタズタ。ああ、なんてこと。もう働く気力が起きないわ。よよよ……。

『おい、勝手に人の心気持ちを捏造するんじゃない』

『別にいいじゃんか~』

『白緑、口調を!』

 まったくベリーめ。お前のせいでまた口調を注意されたじゃない。念話だってのにシラーは首を突ついてくるのよ。

 それに挨拶を遮られたくらいでへこたれる私じゃないっての。いったい何十年見習いをやってると思ってるのよ。

「ご覧になったと思いますが、とにかく忙しくて……汗を拭く暇もないんですよ、ハハハ」

 斜め前を歩く上原さんが少し振り返って笑顔を見せてきた……え、待って。そのずぶ濡れは汗のせいなの? 

 いやいやきっと冗談でしょうけど、万が一事実ならだいぶ引く。けれど私は大人だから、当たり障りのない究極の愛想笑いを浮かべて、ちょっぴり話題を変えてみせる……でも一応、上原さんから滴る液体がかからないよう微かな距離は取っておこう。

「驚きました。噂には聞いてましたけど、すさまじいですね」

「ええ、今年は特にですよ。なにせ名物の新年水溜まり弁当のいくつかに、ランダムであの竜胆紫様の護符が入ってますから」

「母の護符が!?」

「はい。お陰様で売上は例年の十倍と予想されます。僕の正月出勤手当ては歩合制ですから。本当にありがたいことです」

 ううう、おそらく私に仕事を回してくれるための条件だったのだろう。母よありがとう。あなたは本当の親よりも偉大であらせられる……チッ。

 おっと、つい頭に浮かんだちゃらんぽらんな親父と、にっくき緑色のちんちくりんの顔に舌打ちが出てしまったわ。

「さて、今回お願いするお仕事なんですが、竜胆さん計算は得意ですか? まあ得意でなくとも得意になってもらうしかないんですが……」

「計算ですか? あ、もしかして調合材料の分量だったり在庫管理のための?」

「いいえ。呪いや調合担当の数は揃ってるんで大丈夫です。お願いしたいのはレジ係なんです」

 レ、レジ係……ふふ、ふふふふ。

 そうだ、当然じゃないか。私は見習い魔女なんだから調合を任されるなんて夢のまた夢。

 落胆してないといえば嘘になるが、こういう時でもめげないための素敵な呪文を私は知っている。

「白緑は歯車。社会の歯車。皆もそう。役に立つ歯車。動いているうちは唯一無二の素敵な歯車。代わりのことは考えない愚直な社会の歯車……」

 どうやらシラーも同じ呪文を知っていたらしい。耳元で囁いてくれたから私の唱える手間が省けた。まったく気が利くったらないわね、私の執事様は!

「計算は得意な方です。魔女の基本だと、母にあやかしの算盤と夜の天秤は叩き込まれましたので」

「それは心強い。ではさっそくお願いします。僕が隣に付きますんで、わからないことはなんでも聞いてください」

 ――そして冒頭に戻る。

 次々と押し寄せるお客様方は人間ではない。つまり、基本的にお金で支払ったりはしないのだ。物々交換。各々が新年水溜まり弁当と同価値と考える物を出してくる。

 レジ係はその価値を正確に計り、過不足なくきちんと処理しなければならない。

 妖力が込められた物は、あやかしの算盤か夜の天秤で計算できるからいい。速攻暗算できるし、見ただけで判断がつく場合も多い。お釣にするJRRの切符だったり、他のお客様が差し出したものをパパッと渡せる。

 霊力のこもったものもまだ優しい。あやかしの算盤と夜の天秤の逆を考えてやればいいのだ。

 しかし、問題はそれ以外のもの。

 どう見ても道端で拾ってきたであろうひん曲がった何かの鍵や、動物虐待を思わせる生暖かい尻尾、この世界ではゴミ同然の魔力を宿した(私には喉から手が出るほど欲しい宝)もの等々、難易度が一気に跳ね上がる。

 レジ係用のPCに過去のデータを纏めた換算表なるものがあるにはあるが、検索をかけても曲がった鍵や生暖かい尻尾だけで一億以上もヒットする。まったく同じものかを特定する絞りこみだけで一苦労だ。

 そして更なる混乱を招くのは、神の使いや神様が差し出すもの。込められた妖力や霊力の量も、物自体の価値ももれなく桁外れ。どうしてお弁当一個に対してタワマンの上層フロアを買い占めできるような物を差し出すのか。

 お釣が足りるわけがない。

 隣にいる上原さんに指示を仰ぐも、第一級特殊切符を発券しろ。JRR新神輿の極楽黄金車の往復切符を発券しろ。といった、習っていないし、存在すら聞いたことのない切符の発券業務を振られるだけ。

 それらはどうしようもないから別のJRR職員さんへ投げる。というより叫ぶと駆けつけてくれる。

 あと意外に困るのが外国のお金だ。毎年、新年水溜まり弁当を買いに来ているお客様の中には、気を利かせて人間のお金で支払う方もいる。

 正直に言おう。円ならいい。だがそれ以外は有り難迷惑だコンチクショウ。どこの国の貨幣なのかから調べなくちゃいけない。プントだのドラクマだの言われても知らんて。

「竜胆さんもっと早く!」

「も、申し訳ありません……」

「竜胆さんそれお釣違うよ! 換算表の六億番のやつ!」

「申し訳ありません」

「竜胆さんそれ――」

「申し訳――」

 日が昇り、呪いや調合担当の魔女たちが巫女や祢宜と交代して数時間。お昼を過ぎた頃にようやく私は終業時間を迎えた。

「いや~、すみませんね。あまりの忙しさで上がり時間をお伝えできなくて。あ、お疲れでしょうから座ったままで大丈夫ですよ」

 更衣室でぐったりする私の元に、なぜか上半身裸で短パン姿の上原さんが紙袋を持ってやって来た。

 おいおい正気か? ここ女子更衣室だぞ。しかも出入り口はあなたが立ち塞がっているそこだけ。私がちょっとでも叫べば人生終わるってのに……。

「でもギャラの方は色を付けておいたんで。本当、すみませんね。ありがとうございました」

 えへへ、と反省してます感を滲ませた母性本能くすぐる笑顔と、引き締まった筋肉のアピール。

 はは~ん。こいつは小慣れてやがる。もとから残業させるつもりだったのだろう。

 年増の見習い魔女だからと甘くみて、整った顔と若い肉体美を見せつければ、のぼせ上がって何も言わないだろうとふんでやがる。

 おそらく、臨時で雇う者にはいつもこうやっているのね。

 でも……ふ、ふははは。残念だったな上原よ。私の本当の姿はお前より遥かにイケメンで肉体も美しい。格、いや次元が違うのだよ愚か者め。貴様も人間にしてはまあまあかもしれないが、その程度じゃあ――

「あ、いえいえ。勉強にもなりましたし、またよろしくお願いいたします」

『ああもう! まだ途中なのに~!』

 喧しいベリーは無視よ無視。

 私はなんと思われようが、また声をかけてもらえればそれで良いのだ。実力のない者がやりたいことを続けるためには、形振りかまっていられないのだから。ちょっとしたセクハラがなんだっていうの。最悪、呪いをかけて一生勃たなくしてやれば良いだけのことよ。

「それで、竜胆さん。もし良ければなんですが……」

 私の目線と、近くに来た上原さんの股間がピタリと合う。シャワー浴びてきたんだろう、ふわりと香る石鹸の匂いと明らかな膨らみ。

 おぅ、こいつはもうちょっとしたセクハラなんかではない。

「もし良ければ、もう少し休んでいかれますか?」

 隣に腰かけた上原さんが爽やかに笑う。が、手は私の太ももの上だ。

『ベリーの言うとおりでしたね』

『ひゅ~ぅ、相変わらず男にモテるねぇ~』

 黙れ馬鹿使い魔ども。

「いえ、しっかり休ませていただきましたし、また次回に……ね? では母たちも待っていますので。お先に失礼させていただきます。ギャラ、ありがとうございます」

 形振りかまってられないとは言ったが、まだそれに応じるほど切迫しているわけじゃない。

「そうですか。はい、お疲れ様でした。また是非お願いしますね」

 一瞬、間があってから上原さんは立ち上がり、出口へとエスコートしてくれた。

 腰に回された手を払い除けるか迷ったが、次へ繋がる餌だと自分に言い聞かせて我慢した。

 それから紙袋を受け取り箒にまたがると、私は旧水底駅を後にした。

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